イラン革命の中心!エマーム・ホメイニー廟と旧アメリカ大使館に行ってみた【世界一周29ヵ国イラン】

2018年9月5日





今日の午前中は、ラレーとバザールに出かけた。

目的はイランの紅茶とスパイス!

結構好きなので、二つとも買う予定!


テヘランのバザールはイランで一番大きい
中もまるで迷路のようで、どこに行ったら、どこ行くかわからないほど

]



日用品からブランド品までなんでも売られている。





そんなイラン最大のバザールも、今は人が少ない方だそうだ。
本当はここは人で通れないぐらい賑わうんだそう


なぜなら、経済制裁により物価が上昇しているからだ。

45ヶ月前の値段より今の値段の方が高い。

今日の朝なんて、砂糖をまとめ買いしていた。



今後もっと価格が上がるからだ

いや、毎日新しい価格になっていると言っても、過言ではないだろう。


ラレーは親に言われたらしく、私にいろいろ買ってくれた。



飲み物とか奢ってくれた!


その一つが、




この目のアイテム(ナーザルボンジュウのこと)



前にも言ったけど、魔よけの意味があるらしく、旅を続ける私の安全祈願のために、買ってくれるそうだ。



この目、気になってはいたけど、なかなかつけるのに勇気がいる



なにせ、目ん玉を首からぶら下げるのだ。


目立つ…




そんな私の考えをよそに



ラレーは


もっと大きいの…もっと大きいの…



とバザールのショップをはしごし始めた。大きい方がご利益が大きいらしい



と言うわけで、買ったのがこちら




大きさ的には、ペットボトルキャップの二倍ぐらいの大きさの目ん玉!


結構大きいw

革紐も付けてくれた。



最初はデカいなーwとか貰っていながら失礼なことを思ったけど、毎日つけていたらなじんできて、今はこれないと違和感w




彼らのやさしさには本当に感謝している。





イラン革命とエマーム・ホメイニー



今日はあと2カ所行くべきところがある



ラレーは



私は行きたくないから



と言って、帰って行ったので、私1人で行った



彼女たちが拒んだのは、この国が厳格なイスラム教国になった立役者に会いに行くからだ。


その人の名前は「エマーム・ホメイニー」


イラン革命の中心となった人物である




そもそもイランは、革命が起こるまで、全く真逆でした。



王政で開放路線



して急速に進む欧米化




イランは今は敵であるアメリカの支援を受け、それらを進めていました。


人々は酒を飲み、肌を隠すこともなかったそうです。




それを不愉快に思ってたのが、イスラム教原理主義者の人々

神学者であるエマーム・ホメイニーはその時、時代の波に押されてイランに居場所がなくなり、フランスに亡命していました。




そして急速に開放されていく中で、事件が起こりました。



パフラヴィー朝の王様シャーの失策。

追い討ちをかけたのは、第二次オイルショックによる原油価格の低下。

それが重なり、人々の不満が募って行きました。





それに乗じたのが、エマーム・ホメイニーです。


1979年、人々を引き連れイラン革命を起こし、国王を国外へ追放しました。


こうして今のイスラム国家が樹立されたのです。




一般的な見解だと、学者が作る国はあまり良くないと言われています。歴史学者然り、神学者然り

まあ、まさかアメリカもここまでイランが続くとは思わなかったでしょう。


しかし、結局このエマーム・ホメイニーが作った厳格なイスラム国家は、現在でも存続する形となりました。




ここは、そのエマーム・ホメイニーの霊廟です。





エマーム・ホメイニーがなくなり、葬儀が行われた時、ここには1000万人を超える人が訪れました。
その為、霊柩車が立ち往生。ヘリが出動する事態となったといいます。



中は無料で観れます。


ただし、入るには、女性はチャドルが必要です。
一眼レフも持ち込み可でした。



このホメイニー廟は、未だに改築・増築が続けられているそうです。
中の霊廟は、エマーム・レザーの2倍の大きさがあって、オマケに天井は本物の金で飾られています。






「イランで一番高級な建物」だそうです。

そりゃ国民は怒るわ


国民のお金が、国をこんなに厳格なイスラム教国にした、指導者のお墓に使われているなんて
喜ぶのは原理主義者ぐらいね



今、国民の不満は募っています。
時々デモも行われるそうです。


最近のエピソードだと

・女性たちがヒジャブを脱いで「HAPPY」を踊った。彼女達は全員鞭打ちの刑に処された
・水曜日に真っ白なヒジャブを着ている人を見かける。それはヒジャブを被ることに対する抗議の意味合いがある
・今年の4月、SNSの一つである、「テレグラム」が禁止された。何故なら、テレグラム内で、デモ隊の大きなグループチャットがあり、それに気がついた政府が禁止したから


などなど



しかも、このまま物の価格が上昇し続けると、不満に思った国民たちが、何か起こしてもおかしくない

この国は今、過渡期を迎えているんじゃないかな




ひとしきり豪華な建物を見た後、何もお供えせず、私は次の所へ行った。




旧アメリカ大使館



二つ目は、その事件に関わるもう一つの場所です。

ホメイニー廟と同じ、地下鉄の1番線で行けます。

地下鉄駅Taleqaniの地上に出るとすぐあります。

それが旧アメリカ大使館



ここは、映画「アルゴ」の舞台となったところ。
イラン革命の際、ここではアメリカ大使館職員達が閉じ込められていました。


その際に壮絶な脱出劇が繰り広げられるのですが、それを基にした映画が「アルゴ」です。※詳しくは説明しないので、是非映画を見てみてください!


今は博物館となっていて、一般に公開されています。入場料は20万リアル。



外壁を見ると、未だにその時の絵が残っています。


アメリカに反対する壁画

戦争にこそならないと信じていますが、早く問題が解決してほしいものです。

まあ一筋縄にはいかないに決まっていますが…



その後は、カフェで待ち合わせ

ここで、日本人と会います。

覚えてますでしょうか?


マシュハド出会ったソニア。
友達に日本人留学生がいるらしく、紹介してもらいました。


名前は風花さん。
4月から留学してるそうです。

2人で、紅茶を飲み、シーシャを吸いながらおしゃべり。




4月からいた彼女。最初はドルのレートが1ドル=45,000リアルだったのが、今や1ドル=140,000リアル(100ドル替えの場合)になっていて、生活が大分楽だそうです。



しかし、お金があってもイランには娯楽が少ないそうです。

そうですよね、お酒もクラブもない

観光も限りがありますからね


おまけに、イラン人はおしゃべりしていれば満足!って人たちばかりみたいですからね…w

まあ、お酒自体はあるらしいです。
アルメニア人の地区や限られた場所などは、ビールがあるそう。


また、イラン人自体もお酒を自分で作っているそうです。


いわゆる密造酒w

度数高いそうですが


そんな感じで、いろいろイラン情報をおしゃべりしてから、帰路に着きました。


途中で、サフランアイスを買っちゃいました!



イランでは「パースタニー・ソンナティー」という

めっちゃおいしかった!もうサフランの為だけにイランに住みたい!マジ





帰ったら、お母さんがアーブ・グーシュトを作ってくれました。


はじめバリーさんの所で食べて以来、大好きでもう一度食べたかったんです!
この香草を散らして食べるのが、たまらないんですよね!

お母さんのご飯は最後までとってもおいしかったです!




そして、最後の夜はみんなで映画を観ました。

それは、イランの社会問題をテーマにした映画。


女性が旦那さんから暴力を受けています。
しかし、彼女は耐えるしかないのです。

なぜなら、旦那さんが離婚を承認しないと、離婚できないからです。

そんな映画を見て、やっぱり女性の地位が低いと感じるイラン。


前よりイランは好きになったけど、やはり生きずらいなと思います。


今後どうなるんでしょうね。

少なくともどう変わるにしても、お世話になっている家族が今後幸せにあってほしいとは思っています…




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